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「過食がもたらす3つの大罪」NZキャンプライフで学んだこと③

未来の国NZからパラダイムシフトの朝 #08
text&photo by Daisuke Yosumi
Reading Time:5m22s
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ぼくが幼少期から、キャンプ、釣り、カヤック、山登りと、アウトドア活動を偏愛してきたのはご存じのとおり。

ニュージーランドで森の生活を始めるまでは、東京都心のレコード会社で15年ほど働き、大半の時間を都市空間で費やしてきた。
それにもかかわらず、都会で遊ぶことは結局最後まで苦手で、時間を捻出しては森に、山に、水際に、出かけていた。

それも、「人工林」では満足できず、なるべく「原生林」に身を置くようにしていた。
水道、電気、ガス、電話などのインフラがない大自然の中で、一定の時間を過ごすという行為は、「不便を体験すること」と同義だ。

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〈Model. Daisuke Yosumi / in NZ〉

ただ、ぼくが半年間営んだ、ニュージーランドでのキャンピングトレーラー生活は少し違った。

キャンプ場の電源に接続することで、給湯・調理・暖房などをまかない、水道管をつなぐことで、トレーラー内の蛇口やシャワーに水を通すことができた。
さらに、敷地内にはブロードバンドのWi-Fi(無線LAN)が飛び交っていたため、支障なく仕事もできた。
当然、普通の家に比べて、不便なことはたくさんあるけれど、街の生活とほぼ変わらない、と言ってもいいくらいのレベル。

ただし、トイレだけは違った。
トレーラーには「カセット式」と呼ばれるトイレが設置されている。
汚物が「カセット」と呼ばれるタンクに溜まるシステムなのだが、このカセットを自分の手で運んで、キャンプ場内の汚水処理場に流さないといけないのだ。

山形の源流部で野宿、マイナス10℃の知床半島で雪中キャンプ、標高3000メートル近い北アルプスでのテント泊など、これまでの野外遊びにおいて、それなりにトイレの不便さを味わってきたつもりだが、「自分が排泄する汚物の量と重さを知る」というのは初経験だった。

汚物が溜まるカセットの容量は20リットル。
普通に過ごしていると、これが3日ほどで満杯になる。

そして、これがとても重い。
かなり鍛えてきた体格のいいぼくでさえ、片手に持って数メートル運ぶだけで腕がしびれてしまうほど。
念のためにお伝えしておくと、このカセットから汚物が漏れることは当然ない。そして、その中に入れる特殊な溶液のおかげで、臭いは消えていて、汚物とトイレットペーパーも液状化している。皆さんが想像しているよりは、不潔ではないし、この作業自体のストレスはほとんどない。

が……しかし……とにかく重いのだ。
このカセットを運ぶ時、まさに、人間が排出する汚物の質量を体感するのである。

偽善的かもしれないが、地球に対してなんともいえない罪悪感を感じてしまう。
登山中に利用させてもらう、山奥のトイレ処理にかかる、手間やコストを知った時以上の、罪の意識を感じてしまったのだ。

そしてある日、ひとつの法則に気づいた。
時々、2日や1日半でカセットタンクが満タンになることがあるのだ。

はて?と思い返してみると、必ずそれは食べ過ぎたあと。
食べた量に比例して排泄物の量も増える。

考えればあたりまえのことなのだが、これには強い衝撃を受けた。

トイレ

〈Model. Daisuke Yosumi / in NZ〉

現在、すべての先進国が直面している生活習慣病の問題。
かたや、途上国では常に食糧危機にさらされている。

「食べ過ぎ」は、この人類にとって最重要課題ともいえる、矛盾に満ちた〝いびつな2大問題〟の原因になっているだけでなく、排泄物の量も増大させて、地球環境に大きなダメージを与えているのだ。

ぼくらが食糧を確保できるようになったのは、長い長い人類史でみると、ほんの最近のこと。人類が誕生してから、ほとんど期間が飢餓状態にあったことで、人間の体は「空腹」には対処できるが、「食べ過ぎ」にはまったく対応できなくなっていることはご存じのとおり。

空腹時に、抵抗力や免疫力が上がるのに対して、食べ過ぎた余分な食糧は、消化器官を痛めたり、体脂肪や血中脂肪となり健康を害することに。つまり、過食分はある意味〝毒〟と化し、さまざまな成人病を引き起こす。

この事実を痛感して以来、東京で暮らしていても、排泄物のことを意識するようになった。東京には大金が注ぎこまれた、世界トップクラスのハイレベル下水処理施設があるが、処理されたあとの水は当然また、自然に戻されているのだ。
つまり、そのあとまた循環してくる水を、ぼくたちは飲んでいることになるのだ。

自己反省と共に、世界中から「食べ過ぎ」という、人類全体に、地球環境に、そして健康に、壮絶なダメージをもたらすこの〝無駄な蛮行〟が、地球上からなくなる日が、来ることを心から祈りたい。

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四角大輔|Daisuke YOSUMI

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