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〈人生で本当に必要なもの #1〉最低限の衣食住があればいい

未来の国からパラダイムシフトの朝 #40
Words by Daisuke YOSUMI
Reading Time:7m45s
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「生きる上で必要なものって、実はそんなに多くない」

大自然に囲まれながら、シンプルな暮らしを営んでいると、何度もそう思える。

最近になって「ミニマリスト」という言葉がメジャーになってきたことを受けて、自分では名乗ったことはないが、ぼくはそう呼ばれることが多くなった。
我がライフワークの登山の世界は、そもそも「ミニマリズム」の極みだし、この思想に深く傾倒してきたこともあり、この言葉が世間一般で認知されるようになったことはとてもうれしく思う。

そもそもぼく自身が、昔から物欲が希薄でモノに執着しない人間で、先住民のような思想をもつ母の教えもあって、幼少期から「モノ」より「体験」を、「知識」より「感覚」を重視して生きてきた。そして、ある時期から、ミニマリスティックな生き方がより加速することになる。

なぜか。
学生時代に「ニュージーランド移住」を一番の夢に決めたことで、人生で大切にすべきことに迷いがなくなったからだ。例えば、何かを手に入れようとするときに必ず、次の2つの問いかけを自分にしていた。

「これは、ニュージーランド移住のために必要?」
「これを、ニュージーランドに持っていけるか?」

そうすると、必然的に無駄な買い物をしなくなり、毎日の暮らしがどんどん身軽になっていた。余計なこともしなくなり、モノだけでなく得る情報もミニマルになっていく。

それにともない思考はクリアになって、より優先順位がハッキリし、自分にとって不要なものには一切手を出さないようになる。結果、より〝ノイズレス〟なライフスタイルを送れるようになったのだ。

〈これが三菱デリカ初期型を改造した学生時代の相棒。社会人になっても乗り続けた〉

大学生のころ、肉体労働で貯めた30万円でボロボロのバンを買い、それを数ヶ月かけてキャンピングカー仕様に改造。それ以来、学生時代の1/3はこの車で、湖から湖を旅しながら生活するようになった。

湖畔に停めた車から、まだ寒い外に出て深呼吸するたび「人生ってこんなにも自由なんだ」と何度も震えたことを覚えている。最高だった。

この経験から、最低限の「衣食住」さえあれば、人間は生きていけると確信。

そして、この3つさえ確保できれば、お金のためだけに働き続けたり、お金に縛られて不自由な人生を歩まなくていいとも考えた。この気付きこそが、その後のぼくの人生をデザインしてくれたと言っていいだろう。

今のニュージーランド湖畔の森での自給自足ライフの原点は、そこにあるのだ。

まず「住」に関して。
39歳でニュージーランド移住を果たし、最初の半年間はキャンピングトレーラーで生活した。
その小さな空間と、そこにギュッと詰め込まれた、ベッド、トイレ、シャワー、キッチン、冷蔵庫、ソファー、テーブル、暖房、そして最小限度の生活道具さえあればもうなにもいらない、「住」はミニマムでいいと改めて思えた。

そのトレーラーの大きさは、わずか畳7畳ほどだが、キャンプ場など、それを停めた場所の自然環境が、たちまち〝庭になる〟のがいいのだ。
さらに、「どこにでも行けて、どこででも眠れる」という圧倒的な〝自由感〟が、狭さというデメリットを、有り余るほど補ってくれる。居住空間は狭いが、気持ちはいつも満たされていたことを思い出す。

世界では「タイニーハウス・ムーブメント」が話題になっているが、その潮流には、ぼくは心底から賛成だし共感できる。

〈移住後に半年間暮らしたキャンピングトレーラー。小さな空間に最小限の生活用具が緻密な計算のもと凝縮。英国製の古いタイプで内装の趣味が合わず、自分で布やタペストリーを貼ってリメイクした〉

「衣」は、そもそも世界には服が異常なくらいあふれかえっている。学生時代から古着が好きだったこともあり、探せばTシャツは数百円、デニムも千円程度で買えることを知っていた。だから「衣」は、お金をかけずに確保することに不安はなかった。

なお、今のぼくの服や靴の80%はアウトドア用で、あとは綿のTシャツとデニム+αくらい。
アウトドアウェアは、ぼくの仕事のひとつである登山やフライフィッシングなどで大活躍するだけでなく、高機能で軽く、頑丈。しかも、その機能美を追求したミニマルデザインは美しく、日常着としても完璧だ。服なんて本当に最低限でいいと断言できる。

そして、長年愛用してきたウエアを着て、SNSや色んなメディアで発信しているうちに、それらのブランドから、商品開発やプロデュース、アンバサダーの仕事が舞い込むようになり、ウエアだけでなくギアも提供されるようになった。
そして、世に存在しないけどぼくが必要とするウエアやギアを作ってもらえるにまでなっていたのだ。

おもしろいことに、「衣」と「登山やフィッシング具」さえも〝自給〟できるようになったのである。

次に「食」だが、個人的にはこれに「水と空気」を加えたい。
衣や住とは違い、ぼくが、もっともこだわるのはこれら〝命の3大要素〟だ。

譲れない条件は「安全であること」。
それは、遺伝子組換えでないことや放射能フリーであることは絶対で、次に譲れないのは、農薬や化学肥料、食品添加物などの、人体に悪影響を与えるケミカル物質が、なるべく含まれないという点。

このこだわりこそが、庭にオーガニック菜園、自然栽培の小さな果樹園とハーブ園を作った理由であり、自分たちで食べる分の天然魚を自ら釣ってさばき、湖の湧水を飲料水と生活用水として使う。
そして、100%ピュアな空気を存分に吸うことができる今の〝森の生活〟につながっているのだ。

森の生活を10年営むようになったわかったことは、「食なんて最低限でいい」ということ。大手スーパーマーケットにズラっと並ぶ、異常なほど多彩で大量の食糧なんて人間が生きる上では不要だし、旬じゃない食材も体に悪い作用をするだけだから必要ない。

しかも、その大半をお店と家庭で廃棄してるのだから(日本は世界有数の高い食糧廃棄率!)、ぼくに言わせると地球資源と命(すべての食べものが命!) の無駄でしかない。

さらに言うならば、貧困国で飢えているぼくらの兄妹が億単位でいるのに、先進国のほとんどの人たちが「食べ過ぎ」で病気になりまくってる。冷静にこの状況をみると、(誤解を怖れず言うならば)もはや狂気の世界だ。

庭のオーガニック菜園に四季折々の旬の野菜を数種類育て、森から季節ごとの果物をいただき、時々いい魚が釣れて100%の確率でとれる貝があれば、死ぬことはない。
あとは安全なお米さえ買うことができれば、心身ともに健康に生きることができる。

そして、お米をはじめとする炭水化物なんて、あんなに大量に食べなくても大丈夫だと体験的に知った。
むしろ最新の研究によると、そもそも人類は炭水化物をそんなに食べてきていないため、日常的に多く食べることでさまざまな体調不良と疾患につながることもわかってきた。

(次号へ続く)

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四角大輔|Daisuke YOSUMI

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