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〈ノイズレスライフ・後編〉命より大切なものって?

未来の国からパラダイムシフトの朝 #31
Words by Daisuke YOSUMI
Reading Time:6m13s
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ノイズを減らしていく行為は、命より大切な〝なにか〟を守り抜くことに直結する。

人生を豊かにするのは、その人にとっての「宝物」の存在だ。そして、それは人それぞれで違うはず。

生きている間に、自分にとっての真の宝物に気付き、それをどれだけ大事にできるかで人生は決まる。ぼくにとっての湖畔の自宅や庭のオーガニック菜園、フィッシングギアのような「物質」が宝物になりうることもある。

しかし、もっとも大切にすべきはモノではなく、美意識や信念、自身の心の声や他者への愛といった抽象的な感覚なのではないだろうか。

〈Photo. Shotaro Kato / Model. Daisuke YOSUMI〉

なるべくモノを持たないシンプルライフを心がけているぼくだが、人生の中心に据えてきた、フライフィッシングやアウトドアの道具だけは、たくさんある。

登山や釣りをしない人間にとっては単なるガラクタだが(笑)ぼくにとってすべてが愛しい宝物。でも、ぼくが愛しているのはその物体そのものというよりは、それらがもたらしてくれる「体験」なのだ。

例えば、釣り竿やテントは、ぼくと大自然をつなげてくれる大切な宝物。「自然とともに生きる」という、ぼくが追求し続けているテーマを体現してくれる存在である。

15年かけて手に入れた湖畔の家も、同じ役割を果たしてくれていると言えよう。

〈山中でのソロテントのなかこそ、究極のノイズレス空間。満月の夜、北アルプスの薬師峠キャンプ場にて。Photo. Shotaro Kato / Model. Daisuke YOSUMI〉

ちなみに、「人を愛する」とは、その人を物体として愛するのではなく、その人の真心や優しさといった〝魂の在り方〟を愛する尊い行いだと思っている。

そう、ぼくは魂の存在を信じている。
きっとそれは胸の中心あたりに存在していて、〝真のぼく自身〟とは肉体ではなくその部分を指す、というのがぼくの持論。世界中に散らばり、地球と共生してきた先住民たちも同じ感覚を持っているようだ。

その、ぼくらの中心にある(だろう)魂という美しいエネルギー体。どんなに科学が発達しても、その存在が物理的に証明されることはきっとないかもしれない。

そして肉体とは、今回の人生における「借りものの器」だと思っている。この〝レンタル・オーガニックデバイス〟には寿命があり、100年ほどで壊れてしまう。オーガニックデバイスは壊れた後、物質的には消滅してしまうが、魂は永遠に生き続けるというのがぼくの考え。

人間が必死になって守ろうとしている、自身の「命」とは、肉体という物体の単なる「使用期限」のことを指すということになる。

そう考えてみると、体の中心部から発せられる「強い想い」や「情熱」などの〝目に見えない抽象的な感覚〟こそを、命よりも大切にすべき、と捉えられないだろうか。

なぜなら、これらは肉体からではなく、あなたの魂から発せられる「声」でありメッセージだから。だからこそ、外世界にあふれるどうでもいい情報や他人の意見ではなく、その声に耳を傾け、それを守り抜くべきなのだ。

そしてそれは、「叫び」に近いこともあれば、とても繊細で曖昧な「ささやき」のような時もある。ぼくの経験上、それは小さな小さな声であることが多い。そして、「叫び」よりも「ささやき」にこそ、大切なメッセージが込められている。

それだけに、ノイズレスで静かな場所で、集中して耳をすましていないと、聞き逃してしまう。当然、目には見えないし、触れることもできない。そんな内なる声をちゃんと聴き取るためには、自分の中心部へしっかりアクセスできないとダメだ。

そうするためには、外からの余計なノイズをできる限り排除する必要がある。不要なノイズは、あなた自身とのつながりを断絶させ、あなたに他人の人生を歩ませてしまうから。

〈北アルプスの核心部にて。標高約2700m地点。 Photo. Shotaro Kato / Model. Daisuke YOSUMI〉

外世界ではなく、あなたの内世界にこそ、守るべき〝なにか〟が存在するということを忘れないでほしい。

命を失うことより、魂を売ることの方が、やってはいけない行為だと思えてくる。魂を売ってしまい、死んだような眼をして、器だけとなった空洞化人間は、きっとあなたの周りにもいるだろう。

そう考えると、今回の人生限定のオーガニックデバイスの一部にすぎにない「脳」に知識をため込むことより、「魂」に刻み込まれるほどの体験を重視したくなるのは、ぼくだけだろうか。なぜなら、脳は肉体とともに滅びてしまうが、魂はそのあとも、永遠に生き続けるからだ。

ぼくは、今世での魂に刻み込みこまれるほど強烈な感覚は、次の人生に持ち越せると信じている。

繰り返し生まれ変わり、魂が続けてきた永遠のような長い旅のなかで刻み込んできた体験の積み重ねこそが、今の自分の個性をデザインしているのではないだろうか。

「ノイズレス・ライフ」とは、命より大切なものを守るための生き方とも言えるだろう。

▽シリーズ《ノイズレスライフ》
〈ノイズレスライフ・前編〉集中力と創造性を取り戻す
〈ノイズレスライフ・中編〉人生を決める選択と集中
③〈ノイズレスライフ・後編〉命より大切なものって?

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四角大輔|Daisuke YOSUMI

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