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ついに夢が叶う。湖畔の家捜し。

Lake Edge Life ニュージーランド移住 #05
Words by Daisuke YOSUMI
Reading Time:13m44s
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夢のLake Edge Life、ついに実現。

いよいよ始まった湖畔での暮らし。
ただ最初のマイホームは、8年落ちの英国製 キャンピングトレーラー。つまり、キャンプ場生活ということだ。

しかし侮るなかれ。
畳7帖ほどのコンパクトな居住空間に、生活に必要なものがすべてギュッと詰まっている。

洗面所だけでなく、狭いけれどトイレと温水シャワー付き。
ベッドはもちろん、ソファー、ダイニングテーブルもある。

キッチンには、コンロが3口、シンク、冷蔵庫に加え、オーブンまで付いている。
さらに暖房、クローゼット、充分な収納があるので、不自由なく暮らせる。

そして、広大な芝生のキャンプ場の敷地が我が庭だ。

このタイニーハウス最大の魅力は、道さえあれば、思いのままに移動可能という点。
いざとなったら、車で引っ張ればどこにでも行けるわけで、この何にも縛られない自由さと開放感がたまらない。

当初は、レンタルするかオンボロを格安で購入しようとしていた。だがよく調べてみると、程度のよい中古を購入して、それを1〜2年ほど手を加えながら綺麗に使った後、また売りに出すことで、買値とほとんど変わらない値段での売却が可能ということがわかった。

購入した中古キャンピングトレーラーの内装が、古くさい英国調だった。自分の手でぼく好みの北欧風モダンにリノベーションしたり〈上の写真参照)、外装を変えたりした。

活発なモーターホームの中古車市場を持つこの国ならではのテクニックである。そして、半年近くキャンプ場で暮らしながらも、「移動式でない」本当のわが家を探す作業は続いた。

湖畔ハウス獲得までの、長い長い道のり。

ここで、ぼくのニュージーランドでの家探しの歴史を振り返ってみたい。

東京にいた頃、ぼくの身長ほどもある大きなニュージーランド全土の地図を室内に貼り、人が暮らせそうな湖すべてにマーキング。そこを順番に訪ねるという旅をしていた。

移住するまでの15回のニュージーランド訪問は、南北の突端エリアを除いてすべての湖畔の街へ行くことに。純粋な観光はほとんどせず「Destination(人生の到着地)」探しの旅に徹した。

湖畔の家に求めるメインポイントは以下の4つ。

①飲めるほど湖水が透明であること
②家の敷地と湖の間に何もないこと(つまりLake Edgeてあるということだ)
③ボートを係留できる桟橋がついていること
④その桟橋からフライフィッシング(マス釣り)で大物が釣れること

他にも、⑤寒すぎず気候がいいこと、⑥海までも近いこと(海の魚も釣りたかったので!)、⑦畑ができるいい土壌であること、⑧ネットがつながること、というのもあった。

候補エリアをリストアップし、それぞれの「毎月の降水量、日照時間、最低気温、平均気温、最高気温」を調べて、エクセルで表を自作。

比較のために、その表に東京の同情報も入れた。そうすることで、気候の良し悪しが一目瞭然となる。

そういう視点で地図を眺めていると、地図上では「小さな水たまり」に過ぎない湖たちがキラキラと輝いて見えてくるのだ。そんな妄想を膨らませながら、毎回の旅程を決めた。

例えば、こんな候補地があった。

広大な原生林に囲まれていて海にも車で1時間と近く、地図上で確認すると湖畔にはちゃんと住居が点在する。

この国でベストセラーになった釣り場ガイドには「大型のマスが生息」と書かれていて、Googleで画像検索すると美しい湖面が目に飛び込んできた。日照率が高い街に隣接しているので気候も問題ないはずだ。

次の年のニュージーランド旅は秋だった。期待を膨らませてレンタカーでその湖に向かう。

が、到着して愕然。

その湖畔エリアは、一年を通して強風が吹くため、陰鬱とした防風林の間に逃げこむように低い家が点在。定住している人はほとんどおらず、夏の間だけ使う別荘ばかりで、閑散としていた。

どおりで不動産サイトに物件情報が出ていなかったわけだ。

そんな珍道中と試行錯誤を何年もかけて繰り返しながら、ぼくは少しずつ、でも確実に「My Destination(人生の目的地)」へ近づいていた。

日本にいる間は、時間を見つけては、いくつかあるニュージーランドの不動産サイトで物件検索をかける。それぞれの検索欄に「エリア、価格、部屋数、条件(湖畔など)」を細かく入力すると、イメージに合う物件がリストアップされる。

「もし、この湖畔の家にいる住んだら」

そんな妄想をしながらのネットでの家探しが何よりも楽しくて、東京でのハイスピードの日々における癒しの時間でもあった。

そして豊富に掲載されている画像と解説文をじっくり見て気に入れば、その下に記載されている不動産エージェントへメールで問合せをし、さらなる詳細を送ってもらうのだ。

レコード会社の仕事がどんなに忙しくても、週に何度もサイトをチェックしては、エージェントとやりとりをしていた。

そうやって、次のニュージーランドトリップまでに現地で見る物件をある程度決めおき、改めて出発前に各地のエージェントにアポを取る……というのをずっと繰り返していた。

ちなみに、ぼくは例年、自分がプロデュースするアーティストが出演する大晦日のNHK「紅白歌合戦」に立ち会った翌日、元旦からニュージーランドへ飛んでいた。そして、成人式の日(祝日)に向こうを発つまでの9〜14日間、現地を飛び回って物件探しをしていた。

レコード会社とはいえ日本企業だ。当然、こんな長期休暇を取りやすい訳もなく、「あいつは休みすぎだ」と社内ではいつも陰口を叩かれていた。

物を大切にする習慣のあるニュージーランドでは、築30から50年の家はざらで、時には100年という家もいくつかあり、おもしろいことに築15年の家は「New House」と呼ばれる。

そんな、この国ならではの不動産情報をたくさんインプットしながら、ぼくの「夢の湖畔ハウスを探す旅」は続いた。

湖近くをうろつく変な日本人。

そうやって、10年以上にわたり見た物件数は300軒を超えた。おそらくぼくは、「〝湖畔の物件〟を最も多く見た日本人」だろう(笑)。

そしてある年、ついに移住地が決定することに。今ぼくが暮らす湖である。

移住地をここに絞ってからは、現地エージェントとコミュニケーションを取りながら、毎年そこに通うことになる。

彼らに伝えていた条件は以下の3つに絞っていた。

①家がLake Edgeに建つこと
②庭に桟橋がついていること
③その桟橋からマスが釣れること

ちなみに、大学で上京したばかりの頃のアパート探しの条件は、「大きな川沿い」というもの。もちろん、本物の湖畔がよかったが残念ながら都内には湖はない。

多摩川や荒川といった首都圏の大型河川には、必ず河川敷があり、その広大な空間を湖畔に見立てたのだ。

当時、どの不動産でも笑われたが、この国ではぼくのことをバカにする人は誰もおらず、そこに何ともいえない居心地のよさを感じた。

ただ、さすがにニュージーランドの不動産エージェントたちも、条件の③は難しいと嘆いていたが(笑)

同じエリアの湖を何度も訪れて物件探しをしているうちに、その小さな街の不動産界隈で、ぼくはちょっとした噂の人になっていったという。

後で聞いた話しだが、「毎年、同時期に湖畔の物件だけを見ては帰る、奇妙な若い日本人がいる」と、噂になっていたというのである(当時30代のぼくは、ニュージーランドではかなり若く見られて、お酒を買おうとすると必ずID見せろと言われていたw)。

「ニュージーランド人は、人生で7回引っ越す」と言われるほど、ここでは不動産売買が頻繁に行われる。
そのため、本屋が1軒しかないような小さな街でも、立派な不動産屋が5〜6軒あり、不動産エージェントは何十人といる。

だが、その中でも湖畔物件に強いエージェントは3人に絞られてくることがわかった。そんな「Lake Specialist=湖達人」たちが親身になって探してくれたこともあり、いつの間にか彼らとの間に不思議な友情が芽生えていた。

ついには、ネットにある湖畔物件のキャッチコピーと解説文を読めば、誰が書いたかまでわかるまでになっていた。形容詞の使い方と、写真の撮り方で、特定できてしまうのだ!

〈湖畔専門エージェントのティムと、彼のボートの上で〉

決め手は「湖専門」のエージェント。

その3名の湖畔エキスパートの中に、最もロマンティックな言葉を駆使し、美しい写真を多用する、ティムという男がいた。

彼だけは、「それは重要だね!」と、前述の条件③に関して真剣に取り合ってくれたのだ。

彼とは後に親友となり、移住直後でまだキャンピングトレーラーもなかった頃のぼくを、10日間近くも居候させてくれることになるのだが、彼もぼくと同じフライフィッシャー(マス釣り人)であった。

なんとティムは、ぼくが狙いを定めた物件を湖側からチェックするためにボートを出してくれて、「魚群探知機」を使い、その家の目の前にマスがいるかどうかを調べてくれたのだ。

実は、移住するまでに、そうやって出会った物件の中から3軒に買い付けを出していた。

1軒目は、見つけたあと1年かけて、違う季節・時間帯・天候の時に訪れて、何度もチェックしたほど惚れ込んでいた(移住前年は、まだ会社員だったのに1年間に3回もニュージーランドへ行った!)。

敷地のなかを、目が醒めるほど透明な湧き水の川が流れ、その水が流れ込むところがフライフィッシングの有名ポイントという、過去に見たどの物件よりも凄い物件だった。

〈これが、その家のすぐそばを流れる湧き水の川。ここだ!と思ったのだが…〉

しかし、価格交渉を続けている途中で、土地の権利関係が複雑すぎることが判明し、泣く泣く断念。

2軒目は、豊富な水量を誇る湧き水の川の流れ込み(こういった場所は魚がとても釣れる!)まで100mほどの距離にある、日当たりのいい湖畔の土地だった。

だが、値段交渉をしている途中で、何と売主さんが破産してしまい、その土地が銀行に差し押さえられてしまったのだ(その後、超格安で競売に出されたらしいが、知らぬうちに落札されていた……涙)。

3軒目は、屋根付きのボートハウスが湖に突き出す形で建っていて、その上がベッドルームという、現行の法律では建設不可能という貴重な物件。

しかし、ニュージーランド方式の入札で2番手となり残念ながら買えなかった。

そういう事情もあり、10年がかりで、あれほど時間をかけて家探しをしていたにも関わらず、移住したタイミングでは結局、家ナシとなってしまったのであったのである。

〈真剣な眼差しの釣り人ふたり(笑)。未だにティムとは一緒に釣りに行く〉

しかし、湖畔のキャンピングトレーラーで暮らしながら地道に家探しを続けた結果、圧倒的な絶景が正面に見える家を発見。

いつものようにティムのボートの高性能な魚群探知機で確認すると、その家の桟橋のすぐ先の湖底から湧き水が湧いているのがわかった。

そして、数尾の大型マスの影が、探知機の液晶画面にも映しだされた!
申しぶんない。これで前述の3条件はオールクリア!!!

が……予算オーバーだった……

これまで10年以上かけて、数えられないくらいの湖畔物件を見てきていただけに、ここがいかに希少で高い価値があるかわかる。

むむむ……。全財産を計算してみると、この物件代金を支払った後の銀行残高は5万円くらいになってしまう。

悩みに悩んだ結果、「きっと、2度と出会えないだろう。よし、Goだ」そう覚悟を決める。

ダメもとで売値の2割近く安い買値を提示してみると、驚くほどスムーズに値段交渉が進んだのだ。「おお!!!」と、心の中で叫ぶ。奇跡だと思った。運命だとも思った。

「家との出会いは縁に尽きる」
誰が言ったかわからないが、まさにその時、その言葉を痛感する。

そして2010年、南半球の冬。

構想15年以上、湖畔の家探しは約10年、永住権取得のための準備期間3年を費やして、学生時代からずっとずっと夢に見続けた湖畔の家を、ついに手に入れることになったのである。

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四角大輔|Daisuke YOSUMI

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