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源流遡行

2009夏フィールドライフ釣りキチハイカー #01
Words by Daisuke YOSUMI
Reading Time:10m45s
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「源流遡行」―かけがいのない、たった一つの出会いを求めて

この森を訪れるのは約22年ぶりだ。僕がフライフィッシングをはじめたころ、天然のアマゴを求めて熱狂的に通いつめた日本海近くのブナの原生林。ここは、僕のフライフィッシングのルーツともいえる場所だ。

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40cmほどの長さにたためる、バックロッドと呼ばれるフライロッドを炉算用ザックに差し、奥へ奥へと川沿いのトレイルをひらすら歩いた。幼少のころから続けていた山歩きと釣りが合体してひとつになり、僕が「釣りキチ・ハイカー(自称)」になった地でもある。歩いてしか入れない奥の一番奥、川の源流部をめざす。そこに棲む森の宝石はいまでも元気だろうか。かつて、力強いネイティブのあなごは、細々と、でもたしかにそこに生息していた。

この森の下流部の道路に面したエリアには、地元の漁業組合が原種ではない別の原産地のアマゴを放したため、下流部の天然のアマゴは姿を消した。これは、日本中の河川であたりまえのように行われてきたことだ。とくにダメージに弱いイワナ、ヤマメ、アマゴなどの渓流魚たちは、無意味な交配を繰り返した結果、日本のほとんどの渓流から天然ネイティブが姿を消した。

単純に魚を数多く釣りたければ、車で手軽にアクセス可能な下流部で釣りをすれば簡単なのだが、僕は昔から源流部にこだわった。森の中を歩く行為そのものと、歩いた果てにしか出会えない大自然の景色がなによりも好きだったし、野性ではない放流魚をたくさん釣り上げるよりも、その地で生まれ育ったネイティブに、一尾でいいから出会いたい、という思いが強かったからだ。フライフィッシングとは、数釣りではない、「大切な一尾との出会い」を求める神聖な行為である、というのが僕の信念だ。

迷える、釣りキチ・ハイカーたち。「まだ、このあたりではだめだ!」

今回の旅の仲間は、僕のフライフィッシング仲間でありアウトドアのエキスパート、エイアンドエフのウッシーさん(牛田さん)。ちなみに、カメラマンの森さんも僕の友人でフライフィッシング狂だ。3人全員が釣りキチというのは、とても楽しみでもあり、ある意味、不安でもある(笑)。

駐車場に車を停めて、荷物の最終チェックを入念に行う。今回は1泊2日の短いショート・トリップだが、フライフィッシング・ギアと川旅を快適にしてくれるアウトドア・ギアが60リットルのザックをパンパンにする。釣り道具は必要最低限のものを厳選しているが、それでも荷物の3分の1以上を占めてしまう。

トレイルはトロッコ道がはじまる。この先に入るには、歩くしか手段がない。マザーネイチャーの心臓に通ずる、フィッシング・トリップの始まりだ。トロッコ道のすぐ脇はとんでもなく透明な水をたたえる清流。しばらくの間、森カメラマンも、ウッシーさんも、僕も、静謐な流れに目を奪われる。みんな無言だ。

釣りキチ・ハイカー3名衆は、ジンクリアの川にうっとりしながらも、「そこに魚はいないだろうか」と水中に向けていやらしい目線を送る。みんな、鼻の下を伸ばして夢見心地の表情。それは、街できれいな女性を見定めるときのいやらしい顔つきと同じ。卑しい釣り人の性である。

このあたりの渓相はとても魅惑的だ。水量も多く、大きな淵やいい流程が続き、釣り人の目には、全てが一級ポイントに見えてしまう。ゆったりとした流れのところに魚影を見かけることもしばしば。そのたびに釣りキチ三人衆は足を止めて、しばしジッと眺めてしまう。でも、めざすのはあくまで源流部だ。人があまり入らない、さらなる上流部だ。

「そろそろ、このあたりで釣りした方がいいんじゃない?」

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思わずふたりから声がかかる。気持ちはわかる。「早く釣りたい!」と、僕の焦る気持ちもさっきから叫んでいる。「でもまだ、このあたりではだめだ!」と自分に言い聞かせる。

昔、この川に通いはじめたころは、我慢しきれず、このあたりで何度も竿を出てしまったのだが、釣れるのは雑魚のウグイだけ。トロッコ道が続く範囲までは、常に多くの釣り人が入っており、本命のアマゴはほとんど残っていない。ときおり見える魚影はすべてウグイなのだ。

 

トロッコ道を歩くこと約1時間、崖崩れによってトロッコ道が突然終わると、周りの世界は激変する。ここからは、川沿いのトレイルだ。

心地よい湿気が含まれたひんやりした空気を伴って、ブナの原生林が僕らをとり囲む。ここは神聖なブナのトンネル、いや神殿だ。

ブナ林の中に入って数分もたたないうちに、肺の奥まで、ずしっとマイスイオンが送り込まれてくる。ブナ林独特の濃厚な香りに鼻孔が支配されると、全身の細胞が歓喜しはじめる。

空を見上げると、太陽の光に照らされたブナの葉がライトグリーンに輝いている。下を見ると、濃緑のシダとコケが地面一面を支配する。上下の萌えるような緑の世界に圧倒され、釣りキチ三人衆はしばし呆然とする。今度はみんな、口が半開きだ。これまた、先ほどとはまた違う種類のアホ面だ。

 

このあたりになると、川幅はかなり狭くなるが、こうこうと地面から湧いてくるような力強い流れとなる。どんな大量の雨が降っても、ほとんど増水しないのだろう、川原の岩は水面ギリギリまでコケに覆い尽くされている。これは、広葉樹林の原始林ならではの豊かな保水力を物語っている。

こんな素晴らしい森はあとどれくらい日本に残っているのだろう。

「失礼します。ここにいさせて頂きます」

思わず、心の中でそうつぶやいてしまう。原始の森特有の生命感あふれる迫力に、人間は頭が上がらなくなる。文明社会では横暴な人間も、ここでは謙虚な気持ちになり、心の中が「シーン」とする。神社や教会の中にいる時のような精神状態だ。

「気持ちいいな~」

「ここ、本当に凄いな・・・」

「キレイ!」

誰かひとりが、ここにいる喜びを声に出してしまうと、残りの二人がそれに続く。この場にいる感動を同じレベルで味わえる仲間と一緒に歩けることが幸せでならない。この時の釣キチ三人衆の頭の中からは、おそらく、「アマゴを早く釣りたい」という邪念(?)は消えていただろう。

川を渡ったり、川の中を行ったり、ときには遙か彼方に川を見下ろしながら、森の奥をめざす。川に寄り添うように、少しずつ少しずつ前進する。このあたりまで来ると、ほとんど人に会わない。いつ滑落してもおかしくない急な斜面をトラバースする場所や、大規模な土砂崩れでトレイルが消失しているため、やむなく崖を下りて谷を歩くしかない険しい荒場が続く。ここまで来れば天然のアマゴにもきっと出会えるはずだ。

 陽が沈む。最後の宴は、真っ赤な笑顔で

トロッコ道の終わりから歩くこと2時間、目的地に到着する。林業が盛んだったころの小屋跡が目印だ。

今日の泊まりは大好きなヘネシーハンモック。ずっと前から、この森でこの優秀なハンモック型テントを使いたかった。ヘネシーハンモックには適度な間隔で立ち並ぶ樹木が必要だ。自他共に認めるヘネシーの達人ウッシーさんがテン場の品定めをする。あっという間に最高の場所を見つけて、手際よくヘネシー3張を設営。予想通り、このブナ林は、ヘネシーハンモック天国だった。

各自、ドライフードで簡単なランチを済ませ、焦る気持ちを抑えながら、そそくさと釣りの準備にとりかかる。テン場の目の前が一級ポイントで、そこから釣りはじめて、さらなる上流部をめざす。

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3番7フィート3インチという、低番手の短いパックロッドをつなぎ、ダブルテーパーのフローティングラインを通していく。いつもの儀式だ。

いよいよ22年ぶりにこの最奥の地で竿を振る。

淵を見つけては慎重にドライフライを投げ込む。フライは、18番のスタンダードなパラシュートタイプ。周辺を飛んでいたカゲロウのサイズに合わせて選んだフライだ。

しかし、反応はない。今度は、流れの脇に死んでいた、小さな甲虫のサイズに合わせて、16番のテレストリアルを結んでみる。そうすると、急に反応がよくなる。小さなアマゴがポン、ポン、とフライに出るのだが、サイズにして10㎝程度。赤ちゃんともいえるアマゴだが、全て立派なネイティブだ。嬉しい。胸はワクワクドキドキだ。

しばらく上流に歩くと、これまでで一番大きな淵を発見。心を落ち着けて静かにアプローチ、そしてすかさずキャスト。水面に浮かぶドライフライが吸い込まれるように水中に消えた。

バシャバシャと水面で暴れる魚を優しく手元に寄せると、それは20㎝ほどの美しい天然アマゴだった。この大きさでも、野性の凄みはじゅうぶんに備えている。22年前と変わらぬ姿のアマゴにやっと出会えた。この神聖な宝石に会いたくて、ここまでやってきたのだ。

ちょうど1週間前、北海道の稚内近くの猿払川にイトウを釣りに行っていた。淡水魚最大といわれるイトウだけあって、狙うイトウのサイズも50㎝~1mだ。ちなみにこのイトウたちも、完全ネイティブ。

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手のひらに乗るアマゴと、両腕で抱えるほどのイトウ。サイズこそまったく違うが、出会えた感動は同じだ。大切な「一尾との出会い」に大きさは関係ないのだ。

ここで突然に僕は満足してしまう。22年ぶりなのに、苦労してここまで遡ってきたのに、まだ時間はあるのに……。

テン場に戻ってのんびり食事の用意をしていると、ウッシーさんも幸せそうな顔をして戻ってきた。パーフェクト・デイとなった今日をみんなで語り合っていると陽が沈みはじめる。焚き火がおこされ、そのまま宴がはじまった。水筒に入れてきたシャルドネをシェラカップに注ぎ合いみんなでグビグビとやる。濃厚なアーリータイムズを回し飲みしていると、みんな真っ赤な笑顔になっていた。

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気づいたら、空中でヘネシーハンモックに揺られながら寝袋の中でうとうとしている。川の気配をすぐそばに感じながら、眠りについた。

次の日の朝、野鳥の大合唱で目を覚ますと、当たり前のように全員寝坊。そして、午前中に下流部を釣ったあと、ヘネシーハンモックをたたんで、同じ道を下った。

ブナの神殿も森の宝石も、なにひとつ変わっていない。僕は、幸せな気持ちになりながら家路についた。

フィールドライフ紙面

本記事は、アウトドア雑誌「フィールドライフ」2009年夏号掲載の連載「釣りキチハイカー」01の完全版です。
(当サイト掲載|2015年5月25日)

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