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四角さん、移住する前に15回も下見したってホント?【前編】

Interviewed and words by Movilist
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Movilist 四角大輔インタビュー|前編、中編後編

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「人生の目的地探しの旅」を15回重ねて見つけた場所

山崎 ニュージーランド移住が確定したのって、レコード会社ですごく忙しかった時代ですよね?

四角 そうですね。〈ワーナーミュージック〉に勤めてた頃で、まさに絢香やSuperflyを担当してました。当時、本田直之さんにすごい会いたくて。あの人のプロフィール見たら、1年の半分以上はハワイに住んでるって書いてあって。

「えっ、こんなバリバリ仕事してるし、本もめっちゃ出してて、経歴もすごい人がリタイヤじゃなくてハワイと東京を行ったり来たりしながら仕事してる!」っていうのが驚きだったんです。

ちょうどその少し前、『iPhone3G』と『MacBook Air』が日本で発売に。今じゃ、それこそMOVILISTにとってマスト・アイテムになってて、ぼくもiPhone6と、MacBook Air 13インチを愛用してるんですけど(2015現在は、MacBook 12インチ)当時はまだそこまで頭で分かんなくて。感覚的に「あれ、これなんか未来を感じるゾ……。」なくらいで。

その頃には、ブロードバンドが世界中に張り巡らされている上に、LCC(ロー・コスト・キャリア)がかなり普及していて。ネット通話やデータ転送の質と速度が向上し、通信費は格段と安くなり、それまで考えられないくらい低価格で国際線チケットが買えるようになっていた。

移住する前にニュージーランドには15回通ったんですけど、びっくりするような田舎でも、ネットが結構繋がってたんですよ。そして行く度に、どんどんその普及率が上がっていた。

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《尊敬するノマドの先輩であり大切な友人の本田直之さんと。Apple Store表参道店で「仕事と遊びに垣根のない生き方」をテーマにトークライヴを行った際の1枚》

そんな時に、本田さんに、あるパーティーでお会いして、「実はぼくはレコード会社でアーティストのプロデュースをやってるんですけど、近々ニュージーランドに移住します。ちなみに、大学で非常勤講師もやってて、釣りと登山の仕事もやってるんです」って、がんばって少しアピール的に(笑)話しかけたんです。

そしたら、「ダイスケおもしろい!今度ゆっくり話そうぜ」って言ってくれて。「おぉ!やったー!」って(笑)。それでランチに誘って下さって、後日そこでいろいろ話しました。

その時のぼくが抱いてたのは、ニュージーランドの湖のほとりで、世捨て人のようにひっそりと「森の生活」を送る、みたいなイメージだったんですね。ヘンリー・デイヴィッド・ソローが好きだったので(笑)。オーガニックの畑で野菜を作って、釣りはプロなので、食べる分の魚は自分で釣れるだろう、というイメージはできてたんですよ。

その話をしたら「大輔、それはいわゆる引退だぞ。大輔みたいな実績と人脈がある男がヒッピーになるのは勿体ないよ」と。「でも音楽の仕事は全くするつもりないんですよ」って言ったら、「大輔のスキルは絶対、音楽以外の仕事にコンバートできるからトライした方がいいし、大輔のキャリアと今の思考だったら、行ったり来たりしながらの生活ができるよ」と言って下さって、そこで頭の中がグルンと入れ換わったんです。

確かに、ぼくが選んだニュージーランドの湖畔エリアは、携帯電波は圏外でしたが、細々とですが電気とインターネットが来てたので、そんな生活も可能だと思えたんです。

そこは、「人生の目的地探しの旅」を15回重ねて、ようやく見つけた場所。事前に決めていた、条件は6つ。湖のほとりであること、原生林に囲まれていること、湖の水が飲めること、美しくて大きな魚が釣れること、土壌が畑に適してること、そして、インターネットが繋がることでした。

今や、どこに住もうとインターネットさえあれば、携帯やテレビがなくても、世界中の情報にアクセスでき、仲間ともコミュニケーションが取れて、表現活動もできる。映画館、CDショップ、本屋がなくても、観たい映画も聴きたい音楽も、読みたい本も好きなだけ楽しめる。

それで、2年か3年くらいかけてシュミュレーションして、「あ、もう行けるかも」と確信したのが辞める直前ぐらい。しかも、ちょうど永住権が取れることになったのと同時期でした。

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《ニュージーランド湖畔の我が家から車で1時間弱で行ける、大好きな山の頂上より》

ニュージーランドを知れば、四角大輔が見えてくる

山崎 四角さんがニュージーランドを移住先に選んだのは、そこが仰ったような条件に適していたからですか?

四角 ニュージーランドって、僕のライフスタイルと人生哲学にベストマッチな国なんですね。「非核法」という、世界で一番厳しい原子力エネルギー反対のルールがあるんです。当然、原発も放射能研究所もゼロ。そしてなんと、電力の80%近くが再生可能エネルギーなんですよ。

さらに、火力発電所の新設がNGということで、現在は自然エネルギーの発電所しか作れない。いま一番増えてるのは地熱発電、次に風力と太陽光で、25年までには再生可能エネルギー率が、90%になると試算されてますが、これはほぼ現実可能な数字なんです。

環境保護に対してもすごく意識の高い国で、原生林の割合が高いんですね。森って、1度でも人が手を加えちゃうと、永久的に、人が面倒見ないといけなくなってしまう。けど、原生林はそのままで循環し、成長し続ける、一番健全な森なんです。

もう1つ、安全指数世界No.1っていうのがあります。犯罪率が低くてテロと戦争の脅威が全くなく、食料も水も空気も汚染されておらず、オーガニック食材も非常に多いということでの、生活圏トータルで安全なんです。

それと教育ですね。シュタイナー的ともいえる哲学をベースに運営されてるところが多くて。型にはめるのではなく、それぞれのオリジナリティ(個性や創造性)を大切にするっていう教育システムがとても素晴らしくて。

公立は高校まで一切学費がかからないとか医療費がタダとか。出産にかかる経費もすべて国が負担してくれるし、年金も破綻しておらず、老後は誰もがしっかり貰えるんです。

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《ニュージーランド湖畔の自宅庭で育てている無農薬野菜。味と命の濃度が、売り物とはまったく違う》

僕は「ナチュラルに生きたい」だけでなく、できる限り「クリエイティヴであり続けたい」と強く思う人間です。

だから、人間の創造性や独創性を押さえ込む、保守的な社会が苦手なんです。日本って、新しいことをしたり、目立つことをすると、すぐに頭を叩かれたり邪魔されてしまう。「基本、斬新なことを認めません」みたいなカルチャーがあるじゃないですか?

方や、ニュージーランドはとてもリベラルです。誰かが新しいことをやろうとしたら、それをサポートしようという社会構造になっている。

世界で最初に女性の参政権を認めたのはニュージーランドだし、マイノリティの社会進出がとても進んでいるんです。障がい者が暮らしやすかったり、女性が国のトップに立ったり、同性愛者の国会議員がいたり。

さらに、先住民のマオリ族の言語も公用語になっている上に、世界唯一で手話を公用語にしているんです。そして、同性愛の結婚を認める数少ない国の一つでもあるんです。そういうリベラルな部分って、僕の信念やライフスタイルにマッチしていて楽なんですよね。

国や社会、国民の精神性が前衛的であることが、ニュージーランドをとてもクリエイティヴな国にしているんです。音楽やアートのレベルは高く、〈WETAウェタ〉という世界でベスト3に入る映画製作会社がある影響か、映像は世界トップクラス。

起業率も高く、ニュージーランドって世界で最も起業しやすい国ランキング1位なんですよ。

ウェブ上で10分あれば株式会社が作れちゃう。そういう仕組みだけじゃなくて、風土的にも大企業が少なく、小さなベンチャーをサポートして育てようっていう考え方がベースがある国なので、ITの世界では良質なスタート・アップが続々と生まれてるんです。それが世界的にも注目されていて、シリコンバレーの著名な投資家たちも頻繁に訪れます。既に〈google〉や〈Facebook〉から巨額な資金調達を成功させた若いスタート・アップも出てきています。

でも、僕がニュージーランドを選んだ理由を、こんな理論的に説明ができるようになったのは後からなんです。最初はただの衝動でした。大学時代に沸き上がってきた、ある強烈な衝動によって、「ニュージーランドの湖で暮らそう」と決めたんですよ。

小さい時からずっと「水辺」が好きで、川や湖や海などキレイな水域で遊ぶことが何よりも好きだったんです。

点と点を結んで浮かび上がった「完全なる幸せな状態」

山崎  実家が水に近かったんですか?

四角 大阪の田園エリアで、近所にたくさん池があって、いつも真っ暗になるまで外で遊んでました。さらに親父が登山部で渓流釣りが好きで、よく山や川に連れて行かれていたんです。

今、複数のアウトドア雑誌で連載したり、登山雑誌の表紙に出たり、アウトドアブランドをプロデュースしてるのはそれがルーツなんです。それで、大学の頃に、大好きな水辺のアウトドアフィールドのなかで、「湖」が一番好きだと気づくんです。

思い返すと中学の時に、自転車で1時間以上かけて、隣の市にある山の上の、小さな湖に通ってたんですよね。高校になったら今度はそこに、バイクで、よりひんぱんに通うようになりました。

大学で上京して、キツいバイトしてボロボロのワン・ボックスカーを購入。それを自分でキャンピング・カーに改造して、日本中の湖を旅してた。そうしているうちに、湖のほとりにいる時が「一番心地よくて、自分らしくいれる」、「最も集中力が高まりクリエイティヴになれる」っていうのが完全に分かって。

その時に、「とにかく湖のほとりで暮らすこと」が人生の理想であり、「完全なる幸せな状態」だと、セット・アップされたんです。

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《これが学生時代の愛車、今は見ることのない初期型・三菱デリカ。当時のパジェロのシャーシに無理やりワンボックスのボディを乗せたというハードコアな名車。中身は自身の手で1ヶ月以上かけて、生活できるように改造》

山崎 そこからイメージがあったわけですね。

四角 そうなんですよ。想像しただけでゾクゾクするんです。当時は、授業は1日になるべく1限から6限までビッシリ詰め込んで、授業のない日をなるべく多くするようにしてた。例えば、4年生では出ないといけない授業はゼミだけで、大学3年のときは確か、週に4日は休めるようにしていました。

大学がない日は湖の旅にあててました。日中は長時間、車を走らせて、夜は湖のほとりでテントか車の中で寝て、夜明けから湖に入って釣りをするということを繰り返していた。

ずっと湖畔で暮らせると想像しただけで鳥肌が立つというか。これ以上気持ち良いことは世の中にないって、100%確信したんです。その頃、古い友人で釣り仲間でもある、一番の親友がニュージーランドに留学したんですよ。釣りが目的で(笑)。

ぼくはフライ・フィッシングがなによりも好きなんですが、ニュージーランドは国としてそれを推奨していて、世界で一番フライ・フィッシングができる国と、そいつは語るんです。

「何それ!! 絶対にレポート送れよ!」って言って。当時はネットもないし、FAXも普及し始めたばかりだったので、月イチくらいのペースで手紙と写真が送られてくる。年賀状も書かない奴が(笑)。そこには、とんでもなくキレイな湖と巨大なマスが写ってて、「ニュージーランドの魚と湖、ヤバい」っていう手紙がついてた。

その手紙と写真を見るときの衝動は体が震えるほどで。それで、「俺はいつかニュージーランドに住む!」って(笑)。「日本中の湖を見て回ったけど、こんな素晴らしい湖はない!」って思い込んだんです。

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《ニュージーランド湖畔の自宅のテラスから。この日は見事な虹が二重になって湖面に浮かんだ》

それで、当時そんなにたくさんは出てなかったんですけど、ニュージーランド関連の出版物をすべて探し出しては読んで。ニュージーランドを扱うテレビ番組や雑誌は全部チェック。そこから、ぼくの「ニュージーランドへの道」が始まったんです。

ニュージーランド移住は、大学の時に決めたから、レコード会社でバリバリ働いてた時も、ずっと「いつどうやってニュージーランドに住むか」ってことばかり考えてました。

山崎 四角さんがニュージーランドに惹かれるようになったのは、仕事を始める前からだったんですね。

四角 そう。新卒で〈ソニーミュージック〉に入った時も「僕、いつかニュージーランドに住むんです」って言いまくってたら、「お前アホだなあ、人に言わない方がいいよ」とか言われて(笑)。

ちなみにぼくは、上司や会社の命令をほとんど聞かない社員だったんです。でも、10年以上も下で働いた、もっとも尊敬していたある上司に、移住直前に、これまでのお礼を伝える際、「俺が言うことを聞いた上司は、あなただけなんですよ」って言ったら、「お前が一番言うこと聞かない部下だったよ」って言われて(笑)。

彼には、〈ソニーミュージック〉入社3年目くらいから、ニュージーランド移住の夢の話をずっとしてて、後に彼が〈ワーナー〉の社長になり、ぼくを1年遅れで〈ワーナー〉にヘッドハントしてくれた後も、「いつニュージーランドに行くんだ?」って聞いてくれて。だから古い同僚や先輩や、昔からの取引先の何人かは、ぼくのニュージーランド移住の夢のことは知ってたんです。

山崎 永住権が取れた瞬間に行ったんですね。

四角 そういうのって、1年ぐらい前に分かるんですよ。移民弁護士さんから「多分、来年取れるよ」って。すぐに、当時の社長であるその上司に「いよいよ来年です」って報告。ちょうどその頃、前述の「行ったり来たりの生活は可能かもしれない」というイメージができ上がった時期でもあった。それで見込んでた通りに、09年12月に永住権が取れて。

結果的に、その大晦日は絢香の活動休止前の『紅白』だったんですが、それが僕の最後の仕事(笑)。

山崎 わぁー、劇的だなぁ(笑)。

四角 待ちきれず、翌月の1月にはニュージーランドに入ったんですよ。

Movilist 四角大輔インタビュー|前編、中編後編

Movilist

本記事は、Movilist ACTION1 WINTER 2015 に掲載されたインタビュー「完全版」の前編です。

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